2017/04/30

回転数

どこかの経営者の言葉だと思ったが、
とにかく作業が速いことを由としているとのことだ。

それの意図は、
新しい商品を作るのに、
とにかく早くプロトタイプを作れば、
それが良くても悪くても
素早く次の行動に移れるとのことだ。
良ければ、それをブラッシュアップする訳だし、
悪ければ、もう一度作り直してみる。

理屈は簡単だ。

そのためには、制作のフローを細分化して、
青写真の場合にはここまで、
制作に着手した場合にはこれぐらい、
とかの、それぞれのステップでどこまでやればいいのかを
明確に線を引く必要がある。

そのために必要なのは、
制作・作成の行程を熟知して、
どのプロセスがどのように動くかを想像しつつも
設計図を作ったり、
試作品を発注したりすることだ。

それができているから
プロトタイプで必要なラインを適切に見極めて、
高回転で作り続けていくことができる。

さて、問題はそれができない組織の場合だ。

たとえば、はがきDMを作ると仮定しよう。
上の例だと
どのようなものを作るかというのが決まっていれば
・はがき → とりあえず官製
・レイアウト → ワープロレベルでほぼ完成
・コピーなどの文章 → 決定項目以外は当て込み
・イラストや素材 → 仮案でみつもり
・名簿 → 業者の選定
・送信 → 業者の選定
こんな感じで、分けることができる。
それをそれぞれのパーツとして作業を進めることができる。
そのときに、それがいつまで時間がかかるのか、
そもそも必要かどうかなどを個別に調整することもできる。

回転数が低い会社ってのは、
それぞれを一つ一つ検討しないと、
先に進めないというところだ。
上の例だと、名簿業者が選定できるまで
文面を考えることすらしなければ、
そもそもの方向性すら話を進めないとか、
同時進行できることを
わざわざ直列にして、それぞれにストッパーをかけているのである。

まあ、上は極端な例だが、
もう少し複雑なプロモーションとかでは、
そのような形で、立案が遅れたり、
カンプ制作にしわ寄せをしたりとか、
一緒に働く人にとっていいことがない。

あれこれ案を出して、
次々と試作をしている会社は、
おそらくそこらへんの線引きや手離れがいいのだろうなあ、
などと、進まない会議に参加しながら考えていた。

2017/04/23

文章入力

高校生や大学生向けのマーケティングというのも、
ほんのちょこっと業務として関わったりする。

成人式一回分ぐらい年齢が離れていると
別世界の人間であるのだが、
そうでもないところがあったりして
ちょっとほほえましくもある。

中高生でスマホを使っていて、
その壁紙にどのような画が使われているのか
ってのを調べてみたことがある。
たいていは、自分の好きなアニメやキャラクター
もしくは、スマホで撮った写真を
壁紙としているとのことだ。

成人式一回分前の世代の私だと、
自分用として使い始めたPCが
ウィンドウシステム(WinやMacとかの見栄えのシステム)が
使い物になるちょっと前の世代の機械なもんで、
キャラクターベース(コマンドを打ち込んで使うもの)で
あれやこれやと試行錯誤していた記憶がある。
おまけに早い段階からTeX(スクリプトベースの組み版ソフト)で
書類を作るということを覚えてしまったために、
同世代の中でもちょっと古めの環境で
十分事足りてしまうという状態であった。
おかげで、同世代のPCスキルなどはよくわからない。
ただ、自分より後の世代だと、
観察すりゃいいので、ある程度は把握できている。

いろいろ書けることはあるのだけれども、
文章入力に関しては、大きく違うのが特徴的だ。

まず、長文を嫌う。
LINEとかのチャットが基本なので、
この文章程度の量でも超長文となって煙たがれる。

スマホに時間をとられて、しかも、チャットベースで
短文のやりとりが多いので、
ニュースであったり論説であったりとかの、
ちょっと硬い文章を読む機会が減っている。

なにより、文章入力では、
キーボードを使わないのである。
スマホのフリック入力と、
予測変換を組み合わせて、
ちょっとした文章ならば書いてしまうのである。

おかげで、大学とかで
ネームバリューがないから資格とかを取らせて
就職戦線に挑もう、
この人不足の時代にも関わらず、
卒業生の就職率は伸び悩み、
なんていう学校では、
大学生相手にキーボードの使い方から教える必要があるのだという。

そこからスタートして、いわゆるオフィス系ソフトを使えるようにし、
世の中に送り出すのだという。

そうすると、オフィス系ソフトを使いこなせるが、
肝心の文章作成能力とかがよちよち歩きのこと、
パソコンなどは最小限しか使えないが、
文章作成や情報分析をやらせればいっちょ前みたいな子、
大ざっぱにそのどちかの方向性になるかと思う。

さて、新入社員が入ってきて、
このどちらのタイプが入ってくるかで、
あなたの会社の程度もすこしみえてくるかとおもう。
前者だったら、大学新卒ってカードを持ってても就職が難しいところからきたのか、
後者であれば、引く手もあまたみたいな状態のところからきたのか、
人手不足のタームに入った状況だと、
新しく入ってきた人で会社の人気度もわかるのだからおもしろい。

2017/04/16

足し算の広告と、引き算の広告

90年代か00年代ぐらいを境に、
広告がおもしろくなくなった。
と思っている。

そもそも広告は面白がってみるものではないのだが、
広告屋さんの僻地に所在地を決めて、
その周辺をちょろちょろしていると、
自然と広告の見方とかに一家言ができるようになり、
それっぽく寸評なんかできちゃうようになる。

あと、古い資料をみるのが好きで、
自分が生まれる前のCMやCFはもちろん、
言葉がわからない国のCMなんかでも
喜んでみているというのもあり、
大した腕もないのに舌が肥えてしまった
といった感じで育ってしまった。

それで、似たような境遇の広告屋さんと話をするときに、
なんで最近の広告はおもしろくないのかという話題になった。

みている客が良くないって話もあるのだが、
あくまでも広告屋さんというのは
どんな相手であってもお相手する仕事なので、
それを横に置いて話をしていた。

結論から書くと、
マーケティングが台頭してきて
クリエイティブにリソースが
回んなくなったからだろう
なんてところで意見が一致したのだった。

どういうことか。

昔の広告はおおらかだった。
公取をはじめとする規制も緩かったというのもあるが、
なによりも、広告制作に対して理屈を使うことはなかった。
と、指導してもらってた老コピーライターが嘆いていたが、
そこらへんに関係があるとみている。

当たり前の話だが、広告というのは、
広告主がいて、媒体がある。
そこで、どっかでこさえた広告を乗っけて
広告としていたのだ。
ただ、媒体に出向するにも手間がかかり、
場合によっては、単発では契約しないという
強気なところもあった。
そういうところに対して
橋渡しをしようということで、
広告代理店ができ、
広告を出そうという意志を教えてもらえれば、
あとはよしなにやっときますよ、
なんて時代があったりした。

広告主は、伝えたいイメージや方向性だけ考えればよく、
それに対する肉付けは広告屋さんたちが
寄ってたかっていい感じに仕上げていたのであった。

これぐらいの目安は、広告の黄金期が始まる前、
70年代付近が目安だろうか。

広告屋さんの中では制作が強く
後に有名になるコピーライターやデザイナーとかが
バリバリと仕事をしていた時代だ。

広告に対して嗅覚の鋭い人たちが動きまわり、
どうやったらお客さんに
その広告でやった表現が刺さるか
いかにして見ている人を
振り向かせてみてもらうか
なんてことを四六時中やっていた時代である。

さて、時代が変わって今の話だ。
広告の目的はさしてかわらない。
そして、予算は絞られている。
そのくせ媒体は驚くほど増えている。

そして、広告理論が発達し、
大きな広告代理店では、
一流大学での学閥がうっすらとできていたりする。

そんな中で行われる広告制作は、
理学部のレポートを書くような感じで、
仮説と分析から始まったりする。
マーケティングと呼ばれる広告理論の寄せ集めで
広告主と広告受注者が意志疎通をしちゃうもんだから、
広告としてのパンチ力よりも、
この広告で市場に与える影響なんていう
仮説の方が通りが良くなったりする。

それが悪いというわけではないが、
分析と理論、集計と調査、なんてプロセスに重きを置くと、
広告制作をするときに付加条件が付きまくって、
制作をしているというより、
与えられたチェックシートを満たすものを
でっち上げる作業をしているのだか、
わからなくなってしまう。

デザイナーの人が言うには、
とがったクリエイティブは引き算が上手だとのことだ。
それこそ、ゆるキャラ界のレジェンドである
くまモンなんかは、それを大言している。

ゆるキャラという概念を作ったみうらじゅんが評するに、
いままでのゆるキャラと一千を描くのは、
なによりもその引き算の上手さにある。

従来のゆるキャラは、土地の名産品とかは
すべて乗っけられていたという。
それこそ、東京都でゆるキャラを作ろうと思ったら、
額に東京タワーがくっついていて、
左手に大島あたりの諸島が施されたりしているのが、
昔のゆるキャラの作り方だったのだという。

要は、足し算の作り方をしていたのだという。
だから、印象がもっさりしていたり、
使いづらかったりしていたのだという。
(使いづらいのはデザインだけの問題ではないが)

さて、くまモンは その点あっさりとしている。
あっさりとしすぎているのである。
暗闇に目とほっぺがあれば、
知っている人にはそれで訴求できるぐらいの
シンプルさなのである。

だからこそ、目立つしすぐにわかるし、
みんなに周知されるようになるし、
なにより、だれもが知っているようになる。
その結果、関連企業が使いたがり、
熊本県の思い切ったライセンシー戦略で
あっという間に全国区になったのである。

かわいいとか使いやすい以前に
デザインとして力を持っていたからこそ、
そのような流れを持っていたのである。
それは、よけいなものを足さず、
引き算で作り上げたからだ。

ゆるキャラで説明したんで、
脱線が激しかったが、
広告も基本は引き算である。

見せたいお客さんに向けて、
徹底的に贅肉を削り取って、
それでメッセージを飲み込んでもらう。

それをやるために、一つの言葉の中に
あれやこれやとメッセージが伝わるような工夫をしたり、
その媒体のその紙面でなければ意味がないぐらいに
表現を磨き上げたりということをしている。
少なくとも、制作側は。

マーケティング側はそうではない。
この表現が売れる、このビジュアルが良い、
といった調査伝票を片手に、
それを全部盛り込んでこようとするのだ。

そのいい例が、巨大幸子人形を作るために躍起になる小林幸子と、
銅像になっているビートたけしが出てくるあのTVCMだ。
さて、あのCM、何のコマーシャルだか覚えているだろうか?
すらっといえる人は、関係者だけだと思っている。
一般には、「広告枠で幸子とたけしがなんかやってる」ぐらいの
とられかたしかしてない、というのが、周りの人間を観察していての推測だ。

そういうCMがどうやってできあがるのだろうと考えてみると、
上で言ったような推測は、だいたいただしそうに思える。

小林幸子とビートたけしを出す意外性。
それに、広告対象者に受けがよいさま~ず(上記のCMに出てた)、
それらを組み合わせて、それっぽいストーリーをつけて、
なんて流れでできたのだと思う。

それでできあがったのは、何の宣伝かわからないけど、
豪華キャスト競演の(自称)おもしろCMとなる。

クライアントが不憫でたまらない。

2017/04/08

久しぶりに病人

盛大に風邪を引き、
二日ほど会社を休む。

不都合があったらしいが、
フォローできないぐらいに熱がでていた。
要は最悪であった。

一週間ぐらい前から調子が悪く、
だましだまし動いていたのだが、だめだった。

さて、業務の属人化という点で、
今回の風邪は思うところがいくつかあった。

会社の基幹となる業務で、
誰か一人が担ってしまい、その当人が倒れた場合に
どうなるかというものだ。

たしか、そのような状態の危険度を表す言葉が
あったはずなのだが、
今回は調べないままで書いていく。

私が持っている仕事は長いタームで動くものがほとんどなので、
数日休んだところで、影響がでるところが少ない。
ただ、私の代わりをできる者が少ない。
一度、私がレールを敷いた奴ならば
誰でもできるようにしてあるのだけれども、
私のメイン業務は“レールを引くこと”で、
それが止まると、走る予定のことが
動かなくなってしまうのである。

急な仕事に対応できるように前倒しをして動いてはいるが、
今回のようにずるずると具合が悪く、
とどめのように動けなくなると、
ちびちび作っていたバッファーも消えてしまい、

そういう風になると、私の代わりになる人間が必要になるのだが、
残念なことにそういう人がいない。
そのように書くと、私が優秀そうに見えるが、
そうではなく、人員配置が足りてないのと、
定形化すべき業務を、都度判断みたいなやり方をしているんで
代わりの人間が入りにくいというのが実状だ。

社内で発生する雑務ってのは、
ちょっとしたマニュアルがあればいいのだが、
どうしてか、それを作らずに
都度詳しい人が説明するという図式もある。

効率化が嫌いな人がいくらかいるのかと思うのだが、
そうでもないみたいなので、謎が深まる。

2017/04/01

休日の大手町

人影がない。
店が開いてない。
ビルに少しの明かりがともるだけで、
車が行き交う以外動きがない。

通常はない休日出勤、
それも、土曜ではなく日曜のにでると、
こういった風景をみて地下鉄に乗り込むことになる。

いろんな会社で仕事をしたが、
純然たるオフィス街で仕事をするのは
今所属している会社が初めてだ。

それまでは、渋谷や池袋、
それに新宿であったりと、
休日であれば平日と違った雑踏のある街で仕事をしてきたので、
人影がまったくなくなってしまうというのは
新鮮な驚きだ。

一番驚いたのは、コンビニもスタバも閉まっていることで、
休日にわざわざ事務所まで行ったのに、
ささやかな楽しみであるコーヒーやお菓子すらないという
理不尽すら感じたぐらいだ。

それはそれとして、大手町駅から歩いていける範囲でも
住居はいくらかある。
マンションでオフィス用途で使われているのがほとんどだが、
ときとして住んでいる人がいるから驚きだ。

大手町といっても、ちょっといくと神田やお茶の水、
九段なんかで区営住宅なんかもあるから、
ずば抜けて収入がある人が住んでいる人だけが住人である
って訳ではなさそうなのだが、
買い物する店が少なすぎて、住みやすいのか気になるのところだ。

そんなこんなを、コーヒーとATM目当てで立ち寄ったのに
しまってたコンビニの前でうっすら考えてみた。